春まだ浅き

 裏日本はまだ雪が降っているようだ。九州北部は雪もやみ晴れが 続いているが、朝晩は寒い。節約しているわけではないのだが、日 が照ってくるとついストーブの火を止めてしまう。しかし家の柱は冷え たままであり、ジッとしていると肌寒い。  こんな時は車で春の光を求めて走るに限るようだ。外に出て体を動 かしていると春を実感するのである。…
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春の雪

淡雪や空はうす眼をしてゐたる 野澤節子  立春も過ぎたが、山陰、北陸には大雪の予報がだされている。 わが安住の地である日本の最西端にも2017年初めて雪が降った 。しかしわが町より北に10Km離れた隣町では雪は降っていなか った。そこから町の西部にある山の棚田を見に行くと、そこは雪国 であった。10Cm以上はあ…
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小ガモのさきはひ

下萌の皮下は泥土かバラードか   このところ寒さが緩み、早春の息吹を感じに伊万里周辺へ出かけた。 太陽は雲に隠れ、時々冬の気配が顔をだす。今年も九州にも雪は降った のだが、私の住んでいる地域には雪は降らなかった。   県道321号線沿いの棚田は下萌が始まり、冬の茶系より萌黄色に変化 し始め、平野部の麦畑では麦踏…
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思い出のたね

寒夜覚めブルームーンより青き月  正月も過ぎ、暖冬傾向だが冬が続いている。ここ数年冷え性に なってから若干冬期鬱病気味である。  私は村上春樹より4歳下であるが、高校時代は洋楽ロック、大学 ではJAZZにはまっていた。40数年前は日本の音楽界はまだ萌 芽期で、ビートルズの人気が出始め当時は洋楽が幅を利かせて いた…
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春の海

春の海ひねもすのたりのたりかな  与謝蕪村  皆様 謹んで新年のお慶びを申し上げます。2017年九州の 正月は暖かく風もなく過ごしやすかった。  そんな日和に春の海を眺めるのは気持ちがいい。東シナ海 の外海は喧しいが、九州の内海はあくまでも長閑である。 春の海
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冬の黄葉

木洩日の薄きは淋し冬黄葉  高木晴子  12月も数え日の午後、年用意のために買い物にでかけた。 車を走らせていると山に黄葉した木々が幾分目立つ。九州の 山は全体的に常緑樹が多いが、この押しつまった時期に黄色 く色を変えた木々に気づくことはなかった。冬に枯木山になる ことはないが、11月には紅葉もある。季節外れの黄葉…
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天涯の実

天涯に蔵青くあれ樗の実  2016年はあと三日となった。比較的暖冬傾向の冬で過ごしやすいようだ。 今年は佐渡や東北に棚田の撮影に行ったこともあり、棚田のブログの作成 にいそがしく、「眺めのいい部屋」のブログは何かと空白期間が多かった。  60歳を過ぎて徐々に気になっていることだが、物事に対する感動のレベル が下がっ…
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初冬の雲の影

他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水  葛原妙子  薄明光線は、太陽が雲に隠れ、雲の切れ間より光が漏れ、光線が 放射状に地上へ降りそそぐ現象の俗称であり、天使の梯子の別名も ある。天使の梯子という名は、旧約聖書に由来する。それはヤコブが 夢の中で、雲の切れ間に差す光に天使が上り下りしている光景を見 …
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冬の青空

冬空の青盗みたる鉢ひとつ  わが町の広報誌に茨城県下館生まれの陶芸家板谷波山の記事が 目にとまった。(陶磁器繫がりによる記事)波山は、正規の美術教育 を受けた陶芸家としては、先駆者である。陶芸家の社会的地位を高 め、日本近代陶芸の発達に寄与した評価は高い。   波山の作品をNETで鑑賞するうち…
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照紅葉

なつかしき先祖も居たり照紅葉 八月の 記憶は鏡の 傷のあと 持ち去ってくれ 九月のつばめ 薄曇りの中の紅葉
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にびいろの海

古釘も愁思のひとつ曇り雨 「難破の愉しさ」 ジョゼッペ・ウンガレッティ 1888-1970 すぐ また 旅に出る 難破に 生きのこった 老水夫 のように 鈍色の海 月の道
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朝の霧

草に飽き山の写実の朝の霧 山羊     「家と田園より」   ウンベルト・サバ 1883-1957 おれは 山羊に話しかけた。 たった 一匹 草地につながれていた。 草に飽き 雨に濡れて 啼いていた。 そ啼き声は おれの悲しみにとって 兄弟みたいに懐かしかった。 そこで おれは答えてやった。  初めは 冗談半…
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旅の終わり

晩秋の旅の終はりと思いしや 毎年5月より10月にかけて、棚田の撮影にあちこち出かけているが、 日本の稲刈りも10月にはほとんど終わりになる。遠出するには1週間 ほど晴れの日が続くjことが期待されるが、今年はほんとうに晴れの日が 続くことが少なかった。猛暑の8月の後、9月は雨と曇りの日が続いた。  10月…
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葡萄麺麭

穿りてレーズンばかり食ふ孫のかたへに貰ふ穴だらけのパン 西尾憲治「情脈」 10月に入ってまたも颱風が来ている。 気温31度。 ぶだうぱんが食いたくなった秋の暮。 本と葡萄パン
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彼岸花

だしぬけに咲かねばならぬ曼珠沙華 後藤夜半  今彼岸花の盛りである。今年は秋雨前線の停滞で雨の日が 長かった。1週間は生育が遅れたようである。九州北部は特に 彼岸花が田の畔にあちこちで咲いている。見事に咲き誇る彼 岸花といえもど、そこには人の手が入っている場合が多い。九 月になれば、農家は彼岸花のために草刈を…
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モラトリアムと林檎の風景

林檎食むモラトリアムとしての空  エッセイで誰かが、蕎麦屋で蕎麦を食う行為は自分のとって一種のモラ トリアムであると書いている人がいた。世間と日常の時間より解放されて、 自由で束縛のないひと時を一人愉しもうとでもいうことであろうか。  本来モラトリアムとは、金融の支払猶予や法律施行の一時停止という意 味だったのが、…
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佐渡の海

荒海や佐渡によこたふ天の川   芭蕉  佐渡島へ行ってきた。新潟港より大型フェリーで3時間、佐渡は大きな島 であった。島一面黄色く色づいた稲田が広がっており、冬厳しい島は収穫 まで後ひと月その華やぎは続く。二日かけて島を一周(250Km)した。天 領であり、金山で栄えた名残りか、島のあちこちに積み重なってきた歴史 …
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終戦日

日暮のはたと聞こへぬ終戦日  蜩の啼く声により、眠りより覚めていた八月の数日であったが、 いつの頃からだろうか蜩の啼く声がはたと聞えなくなった。オリ ンピックという喧噪の中、八月十五日がいつもの様に廊下の奥 に佇っていた。一雨欲しい今日この頃である。
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波の盆

見わたせば何事もなき波の盆  もう2週間以上も真夏日が続いている。佐賀より長崎県にかけての 北西部の海辺は早稲田が多い。唐津市肥前町周辺へ出かけてみた。 今年は梅雨明け後快晴が続き、台風もまだ九州へは近づいていない。 聞けば田の主は、「今年は収穫まで何事もなく、稲刈りで盆休みがなく なったよ」と言っていた。 …
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